“作家”という言葉に、追いつけないまま作り続けている。

「あなたも作家なんだから、自信を持って名乗ればいいのに」と言われることがある。
でも僕には、いまだに「作家」と名乗ることに、少しだけ抵抗がある。

僕の中での「作家」というのは、作品を通じて哲学や思想、何かしらのメッセージを表現している人のことだと思っている。それは単なるモノづくりにとどまらず、自分の内側を、作品という形で社会に投げかけるような行為。さらに言えば、個展を開いて人と交流し、それを生業としているような存在でもある。

そういうイメージがあるからこそ、自分が「作家」と名乗ることにどこかためらいがある。
僕の作品には、届けたい思いや表現したい世界がある。でも、技術的な面でまだまだ思うように表現しきれていないと感じる瞬間がある。もっとこうしたい、もっと細かく表現したい。でも、それがすぐにはできない。

ネットで作品を販売しながら、こだわりをもってものづくりをしている。それでも、対面で人と触れ合うような機会は少ないし、作品に思想を込めているかと問われれば、まだ答えに詰まってしまうかもしれない。

だからといって、ものづくりから逃げているわけじゃない。むしろ必死に向き合っている。
けれど、「作家」という言葉には、どうしても“もっとすごい人たち”のイメージが重なってしまって、自分がそこに並ぶのはおこがましいように感じてしまう。

そんな中、「作家と名乗らないのは、逃げてるだけじゃないの?」と言われたことがある。
その一言は、今もどこか心にひっかかっている。

でも僕は、「逃げている」んじゃなくて、「けじめをつけている」んだと思うようになった。
最近では、「作家」と「ハンドメイド作家」は違うのではないか、と感じるようになってきた。昔のように、プロとアマがはっきり分けられていた時代とは違って、今は誰もが個人で発信できる時代だ。そんな中で、「ハンドメイド作家」という呼び方は、現代に合っていると思う。

自分は「ハンドメイド作家」としてなら、名乗ってもいいのかもしれない。
それが、今の自分なりの立ち位置であり、誠実さのかたちなのかもしれない。ただ、まだ足りないものがある。意識が変わると次にしないといけないことが見えてくる。次にしないといけないことは人との交流jだろうとおもう。そしてその中で自分がこの仕事を続けるかどうかも決まってくる気がする。

宇宙ガラスというジャンルは、知らない人から見れば、どれも似たように映るかもしれない。僕の作品も、誰かの作品と混同されることがあるかもしれない。でも、僕にとってはどれも試行錯誤の中で生まれた、自分だけの宇宙だ。一つひとつ、確かに工夫を重ねてきたつもりだし、それは間違いなく僕にしか作れないものだと思っている。

「作家」という言葉に追いつこうとするより、今の自分の言葉で、自分のものづくりを語っていきたい。
そんなふうに思っている。


 

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